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久高島に行ったら…別れを決意して、彼の実家に行きをドタキャン⁉

こんにちは、愛弓です。

先日、初めて久高島に行った時のことをブログに書きました。


  • 信頼からの「任せる」が嬉しかったこと。
  • 思いつくままに自由に(自転車で)爆走したら、開放感があってすごく気持ちよかったこと。
  • 2匹の蝶々と、フボー御嶽のこと。


久高島にいたのは、たった30分と短い時間だったけど…ものすごい充実感がありました。

まだ読んでいない方は、こちらからどうぞ。

【久高島】つがいの蝶々とフボー御嶽。そして、私が持ち帰ったのは…。


今回は、久高島に行った後、私たちに起こったことを書いていこうと思います。

ちなみに、

私自身は、久高島に行ってから特別な変化はなかったと思っていたのですが、ここ最近、久高島でのことをブログに書きながら気づいたことがあったので…それを書いていこうかなと思います。

理由がわからなくても、久高島で過ごした時間は、私にとって特別だった

久高島に行ってから、心の中で『まだ帰りたくない』『離れたくない』と思ってしまうほど…久高島に行ったたった30分には、ものすごい充実感があって。

たった30分という短い時間だったけど、久高島で過ごした時間は、私にとって特別なものになりました。


だからといって、「久高島には何があるの?」とか「久高島に行って、何か変わったことはある?」なんて聞かれても、何もわかりませんでした。少なくとも、当時の私には。

正直、今でも、「久高島には、こんなすごい魅力があるよ!」とか「久高島に行くと、こんなメリットがあるよ!」みたいな紹介はできません。

それに、今からかっことだって、「全部、久高島のおかげなんだよ!」と言い切れるほど、絶対的に久高島の力なわけではないかもしれない。


それでも私は、『もしかしたら、久高島に行ったからかな…?』と思う部分もあって。それがものすごく愛しいような…そんな不思議な感覚にもなったので、書いていこうと思います。

久高島に行ってから、先輩にはプチラッキーが♪

久高島に行ってから、1か月後か、数か月後か…

時期は覚えていませんが、先輩と連絡を取った時、久高島の話になりました。



「久高島に行ってから、小さなラッキーがたくさん起こってるよ♪」と、先輩は嬉しそうに話してくれました。

例えば、『欲しいな~』と思っていた小物を、プレゼントしてもらったとか…。

人生に大きな変化をもたらすような、そんな大きなラッキーではないけど、小さなラッキーがたくさん起こったようです。


先輩の話を聞きながら、

久高島に行ったおかげで、何かが変わってラッキーな流れがきたなら、それってすごいなって思いました。

そして何より、そういうラッキーなことが重なった時に、『そういえば、久高島に行ってからだな…』とか『久高島のおかげかも♪』と思える。先輩の持つ、そんな感性も素敵だなって思いました。

なんかね、先輩のことがもっともっと大好きになった気がします。

私は、”塩と浄化”??

先輩の話を聞きながら、『私には、何か起こってるかな』と考えましたが…当時の私にはよくわかりませんでした。

『沖縄に行ったことで、彼との関係が変わった気がする…』とは思っていましたが、”久高島のおかげ”という特別な何かは、まだ感じていませんでした。


当時、チャネリングというものをしてる方に、『私は、何のために久高島に行ったんだろう?』『久高島に行ったことで、私に何が起こったんだろう?』とみてもらったことがあります。

彼は「塩が見える」と言いました。

私「塩??」

彼「うん。なんて言うか…盛り塩みたいなものが見える。(盛り塩の説明)」

私「盛り塩? それには、どんな意味があるの?」

彼「浄化…。うん、浄化って言葉がきた。さっきの塩は、浄化ってことみたいだよ」と。


塩と浄化。

そのキーワードを聞きながら、納得できるような、できないような不思議な感覚のまま、自分の中に落とし込みました。

確かに、浄化と言われれば、そんな気持ちにもなりました。

でも、浄化っていうのは、自分では気づけないものも多いだろうなって。

だから、わかるような気もするけど…肝心な部分はわからないまま、なんとなく納得しました。


もしできれば、先輩のように何かラッキーなことが起こったり、『特別な何かが起こってくれたらよかったな』と期待していた部分もあります。

でも本当は、理由なんて何でもよかったんですよね。

ただ、『”特別な何か”を感じることのできなかった私にも、きっと久高島に行ったことには意味はあった』と信じたかった…感覚ではなく、言葉で説明できる何かが欲しかったのかもしれません。


私自身は、久高島での体験にはすごく意味があると思っていて、繋がりがあるような不思議なものを感じていたから。

その感覚を誰かに肯定してもらいたかったのかな、とも思いました。

約6年がたった今、『久高島のおかげ』と思うこと。

今回、ブログを書いているうちに、『あぁ、そういうことか…』と自分の中で納得するものがあったので、書いていこうと思います。

初めて久高島に行ってから、約6年。

今になって、あの日久高島に行った理由に気づくとは思いませんでしたが…とりあえず、書いてみましょう。

先輩と一緒に久高島で過ごした時間は、特別なものだった

那覇で先輩と話している時も、何度も久高島でのことを思い出したような気がします。


本当に不思議な感覚で。

遊びに行ったというより、帰ってきたと言った方があってるよな…うまく言葉にはできないんだけど、そんな不思議な感覚でした。

懐かしむでも、『また行きたい』でもなく、心の中の何かが久高島とつながっているような、そこにあるような…そんな感覚。

『離れたくない』とか『もっと一緒に…』みたいな感覚もありました。


それは、久高島に対してもそうだし、先輩への思いかもしれませんが…。

まぁ、先輩のことはひとまず置いておきましょう。w

久高島に行ったことで気づいてしまった、彼への気持ち

久高島に行った日の、翌日・翌々日の2日間は、彼と沖縄を観光しました。

そして、最終日は、1人で国際通りを満喫してから、飛行機で帰りました。


久高島から那覇に帰り、先輩とも別れ、ホテルに戻り…

最終日までの時間、私は、気づけば久高島にいた時の感覚を思い出していました。


久高島から帰った日は、すごく元気だったんです。

自分の中がスッキリしてるような爽快感があって、開放感があって、なんだか楽しかった。


だけど、彼と過ごすうちに、気持ちがどんどん落ちていって、心はどんより。

体も重くて、なんだか体調が悪くて…

うまく動くことも、楽しそうな反応をすることもできず、ただベッドに寝てる時間が長かったような気がします。


彼は、「初めての沖縄だし、きっと疲れたんだろう」と気遣ってくれましたが、私は何となく感じていました。

今まで、自分の感覚や心を覆っていた不要なものがなくなったことで、自分の気持ちや感覚を曇らせるものにが、一気に押し寄せてくるような感覚がありました。

彼から伝わってくるエネルギー、感情…いろんなもの痛いして拒絶するような感覚がやってきて。

『あぁ、私は、彼と一緒にいるのが嫌なんだな』と気づきました。


彼と一緒にいては、あの日のような幸せな感覚にはなれないこと。

彼と一緒にいると、自分らしさを出すことはできず、疲れてしまっていること。

彼と一緒にいると、無邪気に笑えないこと。

彼と一緒にいると、心配や不安、人に対してのネガティブな感情も多く、彼のその感情にのみ込まれそうになること。

彼と一緒にいると…。

何度も何度も、同じようなことが、頭の中をグルグルしていたような気がします。


2日目、3日目、車で南部や北部を周り…楽しむことはできました。

が、ホテルにいる時間、車での移動中…彼と2人の時間がすごく苦痛に感じてしまいました。

そして、そんな気持ちを抱えていることが、本当に申し訳なくて。

そんな自分が、すごく嫌な人間のように感じました。


彼のことが嫌で、嫌で、嫌で、いや…。もう、私の頭の中はそればかりでした。

『こんな状態で、一緒にいられない。早く離れたい。』

『これ以上付き合えない。別れなきゃ。』

『今? …さすがに今は申し訳ないよね。気まずいし。…とりあえず、帰ってから…』

自分の中で、彼と別れることを決めました。


彼と『別れるよう』と決めたら、頭の中でグルグルしていた言葉が、落ち着きました。

今になって思うと、沖縄滞在中に、”自分の答えを出すこと”を迫られていたような、そんな感覚だったのかもしれません。

彼の実家に行く予定をドタキャンしてしまった…

私たちは、少し不思議な縁があって、付き合うことになりました。

私がなんとなく、『この年で結婚するかもしれない』と思っていた時期と、彼が沖縄にいた頃、占い師さん?ユタ?の人に結婚すると言われた年齢が、重なる時期がありました。

彼は、すごく好いていてくれました。

私は、度重なる偶然の中で、『あぁ、この人と結婚することになるかもしれないんだな…』となんとなく思っていました。


何度か結婚についての話もして。

『将来は、沖縄に住みたい』という思いを知った彼は、「あぁ、やっぱり沖縄に帰ることになるんだな…」と、逃れられない運命を感じたかのような不思議な空気でした。

…後日、彼は、「将来、沖縄に住むことになることを覚悟した」と伝えてくれました。(これは、沖縄行きが決まる数か月前のことだと思う)


そして、沖縄旅行の最終日、私は彼と一緒に、彼の実家に行くことになっていました。


私が『行きたい』と思ったわけではなく、彼が『連れていきたい』と思ってくれたことで、『じゃぁ、行こうかな』と思ったくらいの感覚ではありました。

でも、沖縄に着く前は…久高島に行くまでは、彼の実家に行くことを楽しみにもしていました。


最終日の朝、私は起きる(動く)ことができませんでした。

…正確には、行こうと思えば行くことはできたのですが、『行きたくない!』が勝ったんだと思います。

すでに『別れたい』と思っていた私は、彼にその場で「別れよう」と告げることはできなくとも、『彼の実家に行くわけにはいかない。行ったら後に引けないかもしれない』とも考えていました。

何とか、彼の実家に行かない理由が欲しかったんです。


幸い、彼のお父様は、私が会いに行くことに反対していたそうです。

私が久高島に行った日、お父様は「別れるかもしれないから、まだ来ない方がいい。」と、彼に言ったんだそうです。

それでも彼は、私を連れてこうとしてくれていました。


彼には申し訳ない気持ちがありますが…彼の実家に行かずに済んで、ホッとしてしまいました。


彼が1人で実家に帰ってる間、私は1人で国際通りを堪能しました。

久高島に行った日以来…いや、それ以上に開放的で、すごく気分がよかったのを覚えています。

沖縄旅行ではなく、久高島に行ったことが影響してるのかも…って思った

あの頃の私は、沖縄旅行に行ったことで、彼と過ごす時間も長くなって…耐えられなくなったんだと思いました。

『今まで少しずつ我慢していたものが、一気に押し寄せたのかな?』と。

まぁ、なんとなく『沖縄旅行のせい』というか『沖縄旅行のおかげ』だったわけです。


でもたぶん、1日目に久高島に行かなければ、こうはならなかっただろうなと思います。


実はこの翌年も、新しい彼と一緒に久高島を訪れました。

その時もまた、彼に対する嫌な感情・拒絶するような感情がどんどん強くなっていき…その後、別れることにしました。

その時の体験もあるので…なんとなく『久高島へ行ったことが影響してるんじゃないかな』と。(翌年のことは、またそのうち…)

なので今回は、”久高島に行ったことで、私に起こったことと”して書かせてもらいました。


※※※

ちょっと話は変わるかもしれませんが…

ブログを書きながら、『どうして、彼と一緒に久高島に行くことを考えなかったんだろう?』と不思議に思いました。

沖縄に行く前は、彼に断られたので、仕方ないんですけど。


実際に久高島に行った日、彼に報告すると、興味を持っていました。

そして、その時に初めて、「もっと遠い所だと思ってたから、『行けない』と思って断った」と話してくれました。


今になって思うと、どんなに久高島での体験が忘れられないなら、彼と一緒にもう1度行けばよかったんじゃないかなとも思うんですよね。

実際、行く場所は決まってなかったわけだし…

でも、私は久高島の話をあまりしなかったんですよね。『一緒に行こう』という発想もなかった。

なんだか不思議だな~って。

まぁ、”呼ばれないと行けない”なんて言われることもあるみたいだし…行けるタイミング・『行きたい』と思うタイミングは限られてるのかもしれませんね(^^;

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