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心配性でパニック障害な父に、沖縄移住を考えてることを伝えたら…

こんにちは、愛弓です。

沖縄移住を考えてはいるものの、家族にはずっと言えずにいました。特に父には…。


でも今回、心配性な父に、パニック障害を患っている父に、沖縄移住を考えてることを報告しました。

結果…沖縄移住は延期に…。


ここ数年、私は自分の家族との関係性について考えさせられるような体験がたくさんありました。

避けたり、嫌ったり、怒ったり、怨んだり…そんな自分が嫌だったり…いろんなことがありました。

家族を悪者にしそうになる自分を何度も何度も否定して、『自分はなんてひどい奴なんだ』って思ったりもしていました。

でもやっと、自分の中で整理がついてきて…やっと卒業がが近づいてきたような、そんな気持ちです。

『沖縄に住もう』と思うたび、心に引っかかるのは、”家族にどう伝えるか?”という問題だった

ここ数年、『住みたい場所が見つかったら、そのまま住みたいな…』と思いながら、毎年のように沖縄を訪れていました。

残念ながら、『ここに住みたい』とピンポイントで思っている地域があるわけではありません。


ただ、昨年12月は、『このまま住んでもいいんじゃないかな?』と思えるような流れがありました。


それは、大石林山に行った後のこと。

よく行っていた、お気に入りのゲストハウスで「スタッフ募集」と書かれたビラが貼ってありました。

そのゲストハウスに住み込みで働けるなら、そのまま沖縄に住むことができます。

以前からずっと興味のあった求人ではありましたが…店内に貼られてるのは初めて見ました。

『聞いてみようかな』『でもな…』

なんとなく、一歩を踏み出せない自分がいました。


お気に入りの沖縄そば屋さんに行くと、そこにも「スタッフ募集」の文字が…。

どちらの求人でも、いいんです。

ただ、『あれ? もしかしたら、住んでもいいよって流れがきてるのかな?』なんて嬉しくなりました。


『あぁ、もうこのまま沖縄に住もうかな~』と思った時、『両親には、なんて伝えるの?』という疑問が浮かびました。

私は今、実家に住んでるのに、家族にも言わずに移住を考えていました。

家族に言えば嫌な反応をされる可能性、反対される可能性があるような気もしていました。

理由はわからないけど…移住すること以上に、家族に言うことが恐かったんです。

『おせちも注文しちゃったし、年末年始には弟も帰ってくるのに掃除してないし、弟が返ってきた時にご飯作ってあげなきゃかわいそうじゃない??』

たぶん、私は必死に、実家に帰る理由を探していました。


そして、『年末年始には弟が返ってくるから、部屋の掃除・料理をしなきゃいけない』と思い、『弟のために…』と帰宅しました。

…自分でも、それが言い訳なことはわかっていました。

実家・家族への依存心があるのか、自分に独立心が足りないのか、自信がなかったのか…理由はわからなかったけど、帰るための言い訳を必死に探してることだけはわかりました。

ずっと移住を考えていたことを、両親(特に、心配性な父に)に伝えた

今年も、『沖縄に移住しよう』と心に決めました。『今度こそ、帰ってこないぞ』と。

反対されるのが恐くて…私は今年も、家族には黙って沖縄に行くつもりでした。

事後報告の予定です。


でも、『せめて母には言っておこうかな…』と、母には伝えました。

その時はまだ逃げ道が欲しくて…父に伝わるのが恐くて…「すぐに帰ってきてしまう可能性もあるから、父には言わないでほしい」と言いました。


その後、沖縄行きの準備は進み…出発する2日前。

久しぶりに、父と長話をしました。

父はパニック障害をわすらっていて、いつ、何がきっかけで発作が起こるかもわかりません。何がきっかけで怒鳴られるかも、わかりません。

「苦しい」って話を聞き続けるのも、『聞いて、聞いて』って話を聞き続けるのも、自分が悪いわけじゃないのに怒鳴られるのも、怒ってる理由を聞いたところで理由がめちゃくちゃすぎて意味が解らないのも、父の言葉に傷ついてるのに我慢するのも…、

『なんだか、もう嫌だな』って思っていて。

そんな父に影響されたり、怒鳴られないように警戒し続けるのも嫌になって…最近はずっと、父を避けていました。

『父がかわいそうじゃないかな?』とか、『もしかして、私のこの態度が発作の原因になってないよね?』なんて、申し訳ない気持ちがあって、ずっとそわそわしてました。


だけど、なぜか、このタイミングで父のパニック障害の話を詳しく聞くことになりました。

そして、なぜか、父の家系の話、祖父や祖母の思いなど、いろいろと話すことになりました。

最終的に、父が「愛弓と話して、楽になったよ。ありがとう。」と言った後、『もしかしたら、今ならいえるんじゃないかな?』と思いました。


自分がやってみたいこと・引っ越したいこと…今までに何度も伝えてきましたが、なかなか理解してもらうことはできませんでした。

『父には言っても無駄だ』と思っていました。

でも、『もしかしたら…』と思えたんです。だから、伝えました。

  • 沖縄に移住することをずっと考えていたこと。
  • 家事をして、自分のことができなくて…一人で抱え込まなきゃいけなくて苦しくて、そのまま体調を崩していたこと。やっと元気になってきたから、もう沖縄に移住しようと思ってること。家族と離れたいこと。

なんとなく、父の空気感が恐くて…「もしもダメだったら、帰ってくる」と何度も言いました。自分の声に気持ちがこもってなくて、声に出すほど悲しくなったけど。

遅くても、確定申告や検診などのために3月末までには、1度は帰ってくることも伝えました。


父は、「わかった」と。「寂しくなるけど…」と言いながらも、受け入れようとしてくれたことが嬉しかった。

ただ、「心の整理をする時間が欲しいから、ちょっと待ってほしい」と言われました。


私はずっと考えていたけど、父にとっては予想もしていなったことなわけで。

父はパニック障害の影響で飛行機に乗れないので、父にとって沖縄が遠い場所なのもわかっているわけで。

『父に伝えよう』と思ったのは自分だし、父が受け入れようとしてくれてるんだし、沖縄に行くことは変わらないし…少し待つことにしました。

移住計画を知って、発作が起きそうなほど苦しむ父と、沖縄行きの延期

翌朝、「お母さんと話したんだけど…」と父が話してきたのは、沖縄に行くのが反対だということ。

「本当に沖縄でやっていけるのか心配だ」とか、「現状、コロナ状況下で行っても安全なのか?」とか、「このご時世、雇ってくれるところなんてないはずだ」とか、「東京から来たなんて言ったら、嫌がられるはずだ。拒否されるはずだ」とか…。


なんかもう、どんどん気持ちが重くなって…「そんなの、わかってるよ」って。

「東京から行くのが嫌がられる可能性もあるし、もしも飛行機で感染してしまっても、誰かに移すのは嫌だから、初めの2週間はほとんど宿にいるつもりだよ?」

「沖縄に行ったからって、働ける場所があるかなんてわからないけど…それは、東京にいたからって、安心して働けるわけじゃないでしょう? とりあえず、行ってみなきゃわからないこともあるじゃん。やってみなきゃわからないじゃん。」

「それに、ダメだったら帰ってくるって言ってるじゃん。遅くても、3月には1度帰ってくるって言ったじゃん」

みたいな感じで、いろいろと言ってしまいました…。


で、何も言い返せなくなった父は、「とりあえず、お母さんと話してみて…」って。

「あなたの人生だし、好きに生きてほしいと思うんだけど…」とか「あなたの人生だから、止めたくはないんだけど…」なんて何度言ったところで、止めようとしてるんですよね…。

この数年で、家族関係・自分の置かれてる環境に気づき始めたからか、今までにはないくらい、父の言葉に違和感を感じる部分があることに気づきました。


父が会社から帰ってくると、「今日はつらい、つらい」って。

「きっと愛弓があんなこと言うから、発作が…心労が…お父さんは苦しいよ」なんて言うんですよ。

「お父さんは心配性だから…」って、何度も何度も自分で言うんです。

なんだかめちゃくちゃ悪いことにしてる気分になって…『なんか、私が沖縄に行くことって、父の首を絞めるようなことなのかな??』って、変な気分になりました。まるで私が父をいじめて、苦しめてるみたい…。

とりあえず、「心の負担が大きすぎるから、もう少し、心を整理する時間をくれ」って言われたから、沖縄行きを延期することにした。


その日、父がパニック障害を再発した時の話をしてくれたんだけど…「昨日は、祖父母のことって言ったけど、それだけじゃないんだよ」って。

どうやら、弟が一人暮らしを始めた時、帰りの新幹線でパニック障害が再発したんだって。

きっと、私がこのまま強行突破して沖縄に行ったら、父はヤバいんだろうなって。だから、少し待つことにした。


でもね、心の中で何度も何度も思う。

「いつになったら、大丈夫なんだろう?」

「コロナの問題がなくなったとして、パニック障害が落ち着くまで待ったとして…それっていつ? 結局、「そろそろ行くね」って言ったら、また状況は悪化するんじゃないの?」って。

だから、「何か月も何か月も待つことはないし、沖縄行きをやめるつもりもない」ってことだけは伝えた。


とりあえず、飛行機のキャンセル料と、関西への気晴らし旅行の旅費だけは出してもらうことにした。

でもなんか、自分の中でモヤモヤが残ってて…。私はきっと、今すぐにでも家を出たいんだと思う。

とりあえず、京都に行って…。でも、京都に行ったら、実家に帰るのは苦しくなって、すぐに家を出ることになっていくような気もしてる。

この数年、家族関係について考え続けていたけど…いつのまにか最終章に入ってたのかもしれない

ここ数年、『幸せだ』『これが普通だ』と思い込んでいた家族が、実は違った側面を持ってることに気づいた。

自分がどんな影響を受けて、どう自分を抑え込んで…そういうことも、感じてきた。

何度も何度も”毒親”というキーワードが浮かんできては、

『両親は不器用なだけで、愛情を持ってくれてたんだから』『心の傷が大きかったり、愛情表現が苦手だっただけだから』『毒親なんてひどい』『そんな言葉を聞いたら、両親はきっと傷つく』『人のせいにしちゃいけない』…

いろんなことを思って、”毒親”という言葉を否定してきた。


だけど、両親のことや、自分との関係性・過去を知れば知るほど、心の中は怒りや恨みにも似た感情でいっぱいになった。

怒ることもできず、どこにも行き場のない感情たち。いつの間にか私は、体調を崩してた。

ここ最近、いろんなことが繋がった感じがして、気持ちの整理ができて、いろんな意味が解ってきて…苦しかったあれもこれも、自分にとって必要があったんだと、頭で考えず、受け入れられるようになった瞬間があった。

きっと私は、この両親で、その環境にいたからこそ、今の私なわけで…

もしも、人の心を想像することができなかったり、”癒し”というものに興味を持っていなかったら、私は何をするために生まれてきたんだろう?とか。

…なんというか、自分の中で『天職だ』とか『やっと自分の居場所を見つけた』と思ってきたそれは、この両親から生まれて、悩んで考えて…そんな連続の中でできたものなんだなって。

そして、”癒し”を追究していく中で、家族関係のこと、両親との関係とかは、私にとって1つのゴールで。

それを使いつつ、これから私は、自分らしく生きていくのかもしれない。

そんなことを考えた時くらいに、なぜか、自分の中でいろんなものがスッキリしてきた。


で、まだ実家にいることになったので、昨日から【毒になる親】という本を読んでるんですよね。

この数年で気づいたこと・考えたことが、その本にたくさん書いてあるんですよ。

今までは、『もしかしたら、こういうことかな??』と思って人に話しても、「親を悪く言うなんて!」とか「みんな、それでも折り合いをつけてるんだ!」なんて怒られることもっかったんですよね。

まるで、両親のことを悪く言ってしまう私が悪いみたいに、「ご両親だって、愛情をもって育ててくれたんだから、ちゃんと理解してあげないと」とか…

いや、子供の頃からずっと『両親は不器用なだけで、愛情を持ってくれてるから…』と信じてきたんですよ。

だから、『全部、自分が悪いんだ』って自分を責めて、怒られないように、自分の感情を抑え込んだり、”完璧な誰か”になろうと必死になって、できなくて自分を責めたりしてた。

妹や弟の前で私ばかりが怒られて…なぜか、妹弟は許されるのに私は許されなかったり、妹弟はもらえるのに私はもらえなかったり…全部、私が悪いんだと思ってた。今でも、自分が悪かった部分はあると思ってる。

それでも、『やっぱり変だな』って思うこともたくさんあって、共感できる部分もたくさんある。

なんというか…この数年の、答え合わせをしてる感じ。


セラピストになってからね、”癒し”ってやつを求めてきたけど…誰も答えなんて教えてくれないんですよね。

自分なりに悩んで考えて、試しながら『ああでもない、こうでもない』って探して。思い返してみると、『そんなこと、よくやってきたな』って。

たぶん私は、誰かの言葉や形を取り入れることで納得するんじゃなくて、ちゃんと自分のパーツを探したかったんですよね。

なんとなく体感して、できるようになって…『私がやってるコレって、何なんだろう?』って本を読んだり、講座を受けるんです。

そうすると、まるで答え合わせをするかのように、『あぁ、わかる、わかる』って。本や講座の一部に、自分の気持ちを代弁するかのような言葉があって、やっと頭で理解できるんですよね。

そこで初めて、自分の感覚が間違っていなかったことを確認するんです。


なんとなく、今回読んでる【毒になる親】というのも、そういうものの1つなんだと思う。


この本を読みながら、『本当に、行っていいと言われるタイミングまで待ち続けるのか?』って考え続けてる。

相手に任せ続けるんじゃなくて、もう少し、自分でハッキリと期限を決めなきゃいけないような気もしてる。



本当は、『父のことを無視して、沖縄に行っちゃえばいいんじゃない?』という気持ちもある。この本を読んでると、そういう気持ちが強くなる。

でももしも、沖縄行きを先延ばしにしないで強行突破して、その後、父の状態が悪化したり、その影響を母や妹が受けることになるのだとしたら…私はたぶん、自分を責めてしまうと思う。それが父の問題だったとしても。

だからと言って、言われるがままに先延ばしにし続けて、沖縄行きを諦めるつもりはない。

だから私は、沖縄行きを延期することで、(自分に対しても)私なりの誠意?を示しつつ、自分で期限を決めて、沖縄に行こうかなと思ってる。


ゆっくりと時間をかけて、父だって変わってきてると思う。

いい歳だから、ちゃんと応援しなきゃいけないことも、自分の人生を歩ませなきゃいけないこともわかってる。

それでも、心配で心配で、考えすぎて、おかしくなってしまうのだと。

『変わらなきゃいけない』『何とかしなきゃいけない』と思えるようになってきたことも、わかってる。

父も変わろうとしてる、変わりたいと思ってる、変わらなきゃいけないと焦ってる。

だから私は、父が変わっていくことを信じて、父と離れる。先に、私が変わる。

『(父のような人を)助けてあげたい、支えになりたい。自分なら、変えてあげることができるかもしれない』と思って、自分を犠牲にするのを辞めることにした。

『もしかしたら、変わるかもしれない…』と期待し続けたところで、変わらなければ、自分の大切な人たちを巻き込んでいくだけだから。

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