こんにちは、愛弓です。
ここ数年、『沖縄に移住したい』と両親に伝えることができず…何かのタイミングで沖縄に移住するタイミングが来てくれることを願っていました。
いや、本当はそんなタイミングなんて来ないんだろうという気もしていて…いつか自分で『沖縄に移住したい』と伝えなきゃいけないんだと感じていました。
それでも、『沖縄に移住したい』と伝えることのできなかった私は、『住みたい場所が見つかったら、そのまま住み着いちゃえばいいんじゃないかな~』なんて思いながら、旅したりもしていました。
でも、『ここに住もうかな…』と思う場所を見つけたところで、『どうやって両親に伝える?』という問題からは逃げることができず…2~3週間で実家に帰っていました。
ここ最近、いろんな心境の変化があって…「沖縄に移住しようと思ってる」と両親に伝えました。
父が反対する可能性は、考えていました。
でも、実家にいることを快く思っていなさそうな母は、沖縄移住を応援してくれるものだと信じていました。
…が、実際に感じたのは、実家にいても、沖縄移住しても、沖縄移住をやめても…どこに行くことを選んだとしても、母が喜んでくれる”正解”なんてものはないんじゃないかなって。
もしも母が喜んでくれる”正解”がないのだとしたら、母の顔色をうかがって迷ってる必要なんてないわけで…
だったら、人の顔色なんてうかがってないで、自分の気持ちを優先させたいなって。
今日はただ、そんな話です。
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父に黙っていくのは嫌そうだったので、自分で伝えることにした
先日、心配性でパニック障害を患っている父に「沖縄移住を考えてる」と伝えたました。
すると、そのせいで心労が増えたようで、「つらい、つらい…」と言いながら、苦しそうにすることが増えたような気がします。
「愛弓が沖縄に行くなんて言うから…」と、まるで全部私のせいみたいに言われるのが嫌になって、父とは距離をとるようになりました。
もともとは、父に沖縄移住の話をするつもりはなかったんです。
反対されたり、嫌な反応される可能性が高いことはわかってたし、父の精神状態に関しても予測しきれないと思ったから。
でもね、両親に言わずに逃げるように沖縄に行っても、『どうやって両親に伝えよう?』と悩んだ末、東京に帰ってくることになってしまう。
もしも逃げるように沖縄に行ったところで、きっと私の心の中にはモヤモヤしたものが残ってしまう。
それが、両親に黙って沖縄移住しようとしてた私が、ここ数年間で感じてきたこと。
とりあえず、母に「沖縄に移住しようと考えてる」と伝えました。
「父には、いつも通り、旅行にでも行ったことにしてごまかしておいてほしい」と。
その時、母は、父にごまかすのを嫌そうな反応をしていていました。
それを見ながら、『あぁ、本当は自分でお父さんにも伝えなきゃいけないんだよな…』と申し訳ない気持ちになりました。
その後、偶然にも父に言えるタイミングがあったので、父に『沖縄移住したい』と伝えました。
そして、父が気持ちの整理する時間を必要としたため、沖縄移住を延期したわけです。

父に黙って行けばよかった? 伝えてしまった私が悪いの??
そんな状況だったのに、母は「(飛行機とってたなら)そのまま行けばいいじゃん!」と言ってくるんですよね。
まぁ、そうなんですよね。
父に『沖縄移住したい』と伝えたところで、飛行機をキャンセルしてまで、父の心の整理がつくのを待つ必要なんてないわけで。
行きたいなら、行ってしまえばいいんです。
でも私は、そこで『それは父の問題だ』と割り切って、飛行機に乗ることはできませんでした。
沖縄行きを止めたい気持ちを抑えて、『行かせてあげなきゃいけない』と気持ちの整理をしようとしてるなら…強行突破しないで、少し待とうと思ったんです。
その方が、お互いに嫌な思いをすることも、後悔が残ることもないだろうなと…。
だって、父に『沖縄に行きたい』と伝えたころで、父が『心を整理する時間を…』って言ってるのに、「無理です!」って強行突破することになったら…
せっかく自分の気持ちを伝えたのに、逃げるかのように沖縄に行くことになるでしょ?
そんな状態で沖縄に行って、幸せな生活が手に入ったとしても、きっと私の心はモヤモヤするんだろうなって。
そんな心がモヤモヤしたり、後悔が残る可能性があるなら、2・3週間くらい沖縄行きを延期しようと思いました。
でも実際には、沖縄行きを延期したことで、今目指すべきものを見失った感じがしました。
体が重だるく、のど・胸が苦しくなり…体調の悪さを感じながら、『あぁ、やっぱり私は沖縄に行きたいんだな』と思いました。
そして、『いつかわからない、先の状態が見えない状態ではなく、今すぐにでも行きたいんだな』と。
とはいえ、一度は「延期する」と言ってしまったので、父の様子をうかがっていました。
ただ、父は何か月も延期するものだと思い込んでいたので…「できれば、11月中には行くつもりでいるよ」と伝えました。
そんな状況だったのに、母は 「(飛行機とってたなら)そのまま行けばいいじゃん!」 と言った後、さらに続けて言うんですよね。
「友達のところに行くことにして、行ってくれればよかったのに!」とか
「旅行に行くことにしてくれればよかったのに!」なんて文句を言うんですよ。
母の言葉を聞きながら、『なんだか、私が悪者みたいだな…』って思いました。
だって、初めはその予定だったんですよ?
でも、母が嫌そうだったから、『父にも自分で言った方がいいんだろうな』って。
なのに、父に言わずに、いつものように、ごまかしていけばよかったんだって…。
何を選んでも、母の喜ぶ正解なんてない。だったら私は、自分の気持ちを優先したい。
考えてみれば、母には『いつか沖縄に…』みたいな話を何度かしてたんですけど、いつも嫌そうな反応をされていました。
開業したいこと、自分らしく表現したいこと…いろんなことを話して、嫌な反応をされて、否定されて、自分らしく表現することを悪いことだと止められて…。
そんなことが何度もあったから、今回はハッキリ「移住する」という言葉を使いました。
…とはいえ、反対されるのが恐くて、あとから少しごまかすために言い訳をしました。
今になって思うと、『父と協力して、沖縄行きに反対してこないように…』みたいな思いが私の中にもあったのかもしれません。
「旅行に行くことにするから、ごまかしてほしい」と伝えた時の母の嫌そうな反応。
父に沖縄行きを伝えたことで、 「友達のところに行くことにして、行ってくれればよかったのに!」「旅行に行くことにしてくれればよかったのに!」 と文句を言われて、まるで私が悪いのだと責められてるように感じたこと。
その瞬間、過去の体験が頭の中にぶわっと出てきて、いくつもの違和感が急浮上して…自分の中で母に対する申し訳なさが、一気にため息に変わって吐き出されたような気がしました。
過去にも、そういうことって多々あったんです。
母が嫌がってるのを感じて、『そうか…』って動くと、まるで私が悪いかのように責められてしまったこと。
たいていの場合、母に気を使ったことを覚えていないので、『あぁ、私が悪かったんだな…』って思うんですけど、今回はなんだか違和感を感じてしまったんですよね。
きっと、自分の中で、そういうタイミングだったんだろうなって。
たぶん、母がこれなら喜んでくれる! みたいな正解なんてないんですよね。
いい状況になれば、ただそれだけのことだし。
悪い状況になれば、私が悪いこと・失敗をしたことになる。
結局、どっちをとっても正解なんてないのに、”正しい何か”を求められていたんだなって。
もしも沖縄に行かず、実家にとどまったとして…それは母にとっての正解ではなく、私は母の反応をみながら居心地の悪さ・申し訳なさ・罪悪感…そういうものを感じ続けるだけなんです。
沖縄に行くことでさえも、行き方にさえも、正解はない。
他の場所を選んだって、何かと理由をつけて嫌がられそうな気がします。
幼い頃からずっと、母の言う”みんなと同じ普通”になろうと頑張って、できない自分に絶望していました。
”普通”になんてなれないのに、”普通”のふりをすることに必死でした。
でも、母の言う”普通”は、全然普通じゃなくて…ある意味、母にとって理想的で完璧な何者かを求められている感じがしていました。
私はいつのまにか、自分の人生においても『何を選ぶのが正解か?』と考えていました。自分の気持ちより、正解を求めていました。
結局のところ、どっちを選んでも、どれを選んでも正解なんてないんです。
『これなら喜んでくれるかも♪』と思うような成功があったところで、喜んだり褒めてもらえるわけではなく、悪いところ探しが始まって、怒られるだけなんです。
悪い所が見つからなければ、なんだか嫌な空気感を流されるだけ。
そんなことが何度も何度も繰り返されてきました。
私自身は、母が喜んでくれる”正解”を選ぼうとしてたつもりなんてないですよ。
でも、無意識のうちに、母が嫌な反応をするものを遠ざけて、母の期待に応えようと、母が喜んでくれる(認めてくれる)正解を探そうとしてたのかもしれないなって…たまに思います。
でもきっと、どの道を選択したところで、母が喜んでくれる正解なんてないんです。
もしも喜んでくれる正解があったとしても…それはきっと理想が高すぎるし、何より、私は苦しいだけなんだと思います。
私には、母が喜んでくれる”正解”なんて見つけることができません。
だったら私は、自分に気持ちを優先させたいなと思います。
自分に後悔が残らない形・タイミングで沖縄に行きたいなと思います。