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京都・上賀茂神社|男性的存在の大きな愛に包まれるような、そんな空気感が好き

こんにちは、愛弓です。

2020年11月17~19日、京都・伊勢旅行に行ってきました。

先日は晴明神社について書いたので…今回は、そのあとに行った上賀茂神社でのことを書いていこうと思います。

上賀茂神社付近の鴨川と橋、その空気感が好き。

今回『上賀茂神社に行こう』と思ったのは、以前京都に来た時に、何度も行ったことを思い出したからでした。


上賀茂神社前でバスを降り、『すぐにわかるだろう』と思っていたのですが…

工事していたので、方向を間違えてしまい、鴨川へ…

上賀茂神社前 鴨川

鴨川周辺で感じる風が心地よくて、少しのんびりと過ごしました。

不思議なんですけど…

ここで感じる風は、お父さんというか、おじいちゃんというか…男性的な存在に温かく見守られてるような、そんな愛情のような空気感を感じる気がするんですよね。

その空気がんがすごく心地よくて…以前は、上賀茂神社自体よりも、この橋でボーっとするのが好きだったような気がします。

2つ目の鳥居までの道で、初めて上賀茂神社を訪れた時のことを思い出した。

橋でのんびりしてると、すぐに上賀茂神社を見つけることができました。

上賀茂神社 1つ目の鳥居

1つ目の鳥居をくぐると、広い空間があります。

今は、道に沿って旗があったり、少し木が植えられていたりもしますが…私が初めて上賀茂神社を訪れた時には、何もなくて、広い芝生の中に一本道があるような空間でした。

あるセッション中に見た、広い芝生のような空間。

上賀茂神社の鳥居をくぐった時、『あぁ、ここのことだったんだな』と思った記憶があります。

そして、当時はすごく晴れてるのに、サーっと雨が降っていて…すごく『きれいだな』と、同時になんとなく『狐の嫁入り』という言葉がうかんだ記憶があります。

立砂を見るたび、亡くなった祖母を思い出す。

少し歩くと、2つ目の鳥居があります。

上賀茂神社 2つ目の鳥居

鳥居をくぐると、今度は、大きな立砂が2つあります。

上賀茂神社 立砂

この立砂にどんな意味があるのか…は、よく知りません。

ただ、私が初めて上賀茂神社を訪れたのは、父方の祖母が亡くなった後でした。

祖母のタンスからお守りや砂が出てきて…『あれは何なんだろう?』と親戚が話しているのを聞きました。

ここの立砂を見た時、自分の中でなんだかしっくりきたような、そんな感覚になりました。

この立砂を見ると、私はなぜか、亡くなった祖母のことを思い出します。

そして、子供の頃、なんとなく神棚が気になることがあって…何度か手を合わせたことがあります。(作法はめちゃくちゃですが…w)

その時に神棚に祀られていた御札が、上賀茂神社だったような…そんな記憶もあります。(本当かな? なんでだろう??)

本殿|キレイな朱色の楼門と、鴨川沿いで感じた大きな男性的な存在の愛のような空気感・エネルギー

まだ11月で、少し紅葉が残っていたこともあり、楼門の朱色が視界に飛び込んできて、すごくキレイでした。

上賀茂神社  楼門

『早く行きたい』と焦る気持ちを抑え、手水舎で心を落ち着けます。


楼門 をきぐり、中門から本殿・権殿へお参りしました。

中門をくぐると、一気に空気が変わったような気がしました。

そして、参拝中、鴨川の橋で感じたのと同じ、男性的な大きな存在の愛のような、あたたかいエネルギーのようなものを感じました。

それは、端で感じたものよりもすごく濃密で力強い感じがして…体の奥の方が揺れ動くような、不思議な感覚になりました。

なんとなく、『いつも、あの橋で感じる温かい空気は、ここから流れてきてたんだな~』と思いました。


今まで、何度も上賀茂神社には訪れました。

どちらかというと、下鴨神社の中にある河合神社と、鴨川沿いを歩きながら感じる空気感が大好きで…正直なところ、上賀茂神社には大きな魅力を感じてなかったんです。

だけど今回初めて、上賀茂神社の空気感をダイレクトに感じて…京都でベスト3に入るお気に入りスポット(上賀茂神社近くの鴨川と橋)の正体を見つけたような、そんな感覚でした。


ここで感じる、 男性的な大きな存在の愛のような、あたたかいエネルギー 。

それはまるで、父親のようでもあり、おじいちゃんのようでもあり…でも、実在する私の父や祖父とは全く違っていて…それなのに、父親やおじいちゃんのような大きな愛情を感じる。

自分がどうしてそんな風に感じるのか、すごく不思議だな…と思いつつ、

私は、この男性的な大きな存在の愛情で包まれてるような、そんな空気感が大好きだなと思いました。

新宮神社、川尾神社、須波神社

上賀茂神社には24摂末社があるようなのですが…今回は、その中で新宮神社、川尾神社、須波神社の3社に触れていきたいと思います。


ちなみに…須波神社の横には、片山御子神社(片岡社)があります。

上賀茂神社にある24社もある摂末社の中で、第一摂社の縁結びの社なのだそう。

他の摂末社よりも少しじゃでな感じがして気にはなったのですが…自分の中で、『今、ここにお参りしたい』と思うような何かはなかったせいか、なんとなく、今回はお参りしませんでした。

そんな感じで、目の前を通っても、頭あを下げただけでお参りしなかった場所もあるので…今回は参拝した3社(?)だけご紹介していきます。

新宮神社| 毎月、第2・4日曜日のみ。龍の御朱印

過去に上賀茂神社を訪れた時は、いつも本殿と須波神社にしかお参りしたことがなかったのですが…今回は、ちょっと気になったので、脇道にも入ってみました。

楼門の奥には新宮神社というところがあって、なんとなくそこが気になってお参りしました。

閉門していて中には入れなかったのですが…

胸・みぞおちの奥の方が揺れるような不思議な感覚があって、『なんか好きだな~』と思いました。


後から調べてみたところ、毎月、第2・4日曜日のみ縁日と定められていて、解放されているようです。

今度訪れるときは、解放されてる時に、参拝してみたいと思います。


ちなみに、御朱印をいただくと、かっこいい龍の絵が描かれているみたい…。

今は御朱印はいただかないことにしてるんだけど…また御朱印を集めるようになった時のは、お願いしたいな~

川尾神社|迷いを取り除く神様。

川尾神社には、「迷いを取り除く神様」と書かれていました。

上賀茂神社 川尾神社

自分の中で、グルグル、グルグル…同じことを悩んで動けなくなってるのは感じていて…

『でも、1人で悩んでばっかいてもしょうがないよね』と思ったので、何も考えずに京都旅行をすることにしました。

もしも、考えたくなったら考えればいけど…旅行中は、考えることよりも、そこで見るもの・感じるものに集中することになるので、余計な思考がなくなるかなと…。


でもね、「迷いを取り除く神様」という言葉を見た時、『何に迷ってたんだけkな?』と考える瞬間があったんですよね。

『あれも、これも…』といろんなことを考えて、頭はグルグルしてたはずなのに、そこで出てきた言葉は、わずかなものだった。

『あぁ、私の悩んでることって、そんなもんだったんだ~』と、なんだか少し気持ちが軽くなったような気がしました。

そして、その答えが自分の中にあることも、考えていた以上にシンプルなことにも気づきました。


なので、感謝の意も込めて、川尾神社にもお参り。

須波神社|心を静める癒しの神様。

上賀茂神社  須波神社

数年前に上賀茂神社に来ていた時も、須波神社にはお参りしました。

摂末社には興味がなかったのに、1か所だけ『お参りしてみよう』と思ったのが、須波神社でした。

須波神社の前には階段があって、『ここ、のぼっても大丈夫なの?』不安で、周囲に他の参拝客がいないのを確認しながら、急いで参拝していた記憶があります。


不安になりながらも須波神社をお参りした理由は、『癒しの神様だったから』です。

当時の私は、セラピストという仕事を本気で天職だと信じていて…自分のことよりも、『お客様をもっと癒せるようになりたい』と、そればかりを考えていました。

「心を静まる癒しの神様」という言葉を見た時も、『癒しの神様なら、私にぴったりだな~』と。

ただ、『人をより深く癒せるように、たくさんの人に癒しを届けられるように…それをサポポートしてもらえたらうれしいな』と思いました。

『もしも本当に癒しの神様なら、私のやりたいことと神様のやりたいことがリンクしてるから、手を貸してくれるかもしれない』と、ただ参拝しました。


今になって思うと、ただ「癒しの神様」と書かれているのではなく、「心を静める癒しの神様」なんですよね。

当時の私が思い込んでいたことが100%間違ってる…とは思いませんが。

当時、人のことばかり考えていて、自分の心を置き去りにしていた私は…無意識のうちにたくさんのストレスを抱えていました。

もしかすると、『人のために』と思って参拝していた私は、無意識の部分で、自分自身を癒すことも考えていたのかもしれないなと…そんなことも思いました。

最後に|

今回は、 2020年11月17 に、京都の上賀茂神社を訪れた時のことをお話してきました。


数年前に京都を訪れていた頃、私は神社仏閣について、あまり物事を知らず…ただ、自分の感覚で楽しんでいました。

霊感のある人たちと関わったり、神社仏閣に詳しいお客様からのアドバイスを聞いてるうちに、自分の中にいくつものルールが生まれ、私は自分の感覚を純粋に楽しめなくなってしまっていたなと…

今になって、そんなことを思います。


今回の京都・伊勢旅行は、人に影響されたり、自分の感覚を否定したり、形ばかりのルールにとらわれ、純粋に自分の感覚で楽しんでいた頃の、その感覚を思い出すような旅行だったなと思います。

そして、人目を気にしたり、『本当は~したいけど…』と自分の気持ちを抑えて思考で判断するのではなく、『じっと自分の感覚を大事にしていこうよ』と、思い出させてくれるような旅行でした。


上賀茂神社の前にある鴨川・橋で感じる、大きな男性的な愛に包まれるような、そんな空気感が大好きですす。

そしてそれは、上賀茂神社の本殿の方から流れてくるのかもしれないなと思いました。


今回、久しぶりに上賀茂神社を訪れたことで、過去の記憶をいくつも振り返りました。

そして、摂末社をめぐりながら、『自分の感じてる、その感覚をもっと大切にしなきゃいけないな』とも感じました。

『ここから先は、なんとなく嫌な感じがする』と、なんとなくそう思った先では、やはりそういうことは起こるし。

『ここは、なんとなく好きかもしれないな』と感じたその場所は、大きな肩書きを持っていなくても、やっぱり好きな場所で。

そういう1つ1つを大切にしていきたいなと思いました。


そしてもう1つ、こういった体験は誰かに『これが正しい』と押し付けるものじゃなくて…

体験を書いたり、話したりするのはいいけれど…「この神社は、こういう場所です」みたいなことを断言したくはないなと。

1人1人が違う感覚・感性を持っていていいし、過去の自分と今の自分も、また違う感覚・感性を持っていてもいい。

そういうことも受け入れる余裕を持っていたいなと、そんなことを改めて思いました。

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