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【人生のテーマは”癒し”】シリーズ・まとめ

こんにちは、愛弓です。

『もしも、”人生のテーマ”みたいな壮大なものがあるのなら…きっと、私の人生のテーマは、”癒し”なんだろうな』という気持ちから書き始めたブログ。

”癒し”という人生のテーマに出会うまでのこと

初めに書いたのは、セラピストになる前のこと。

”癒し”というテーマに出会うまでのことでした。

もしも人生のテーマがあるのなら…。|”癒し”に出会うまでのこと

子供の頃の私は、『人の心を理解することもできない、優しさを持たない人間だ』と思っていました。

”癒し”というものに憧れを持ちつつ、『自分は、”癒し”とは無縁の場所にいる』と思い込んでいたんです。

でも実際には、周囲に集まってくれた友人を思い出すと、”癒し”と無縁の場所にいるなんてことはなかったんだろうなと思います。

自分の心に鈍感なことを知り、自分を癒していった、セラピスト時代

次に書いたのは、ボディケアセアピストを軸にして活動した7年間のこと。

特に、自分の体や心の状態にも気づかず、働く意味・生きる意味を見失いかけた時のことや。

『お客様や仕事のことばかりではなく、自分のことを大事にしよう』と思って、自分を癒すこと・自分の気持ちを大事にするようになってからのことでした。

自分の心に鈍感な私が、癒され、自分を大事にするようになった、セラピスト時代

この時の私は、日常の中に常に”癒し”というものがありました。

お客様を癒すことに必死になっていた時期は、お客様の変化を感じることも、お客様が元気に笑ってくれるのを見るのも嬉しくて…お客様たちを本当の家族以上の家族のように感じていました。

でも、いつのまにか『お客様のために…』とか『仕事だから…』と思って、自分御気持ちが置き去りになってしまっていたんですよね。

でもそれは悪いことではなくて…

自己肯定感が低く、自分の気持ちを抑え込んで我慢ばかりして、自分を大事にできていなかったことを思い出すためには、大事なことでした。

そして、求められるものを提供することではなく、そのままの自分に価値があることを知っていくためには、すごく大切なことだったと思います。


いつのまにか私は、セラピストとして、人として、自分に自信を持てるようになっていました。

同時に、他の人たちと違う自分のことも受け入れることができるようになり…

『もっと自由になりたい』『もっと自由に(癒しを)表現したい』という思いが強くなっていきました。

ブログを書くことで、自由に自分らしく生きることを妨げるものと向き合った

最後に書いたのは、ブログを書き始めてからのことです。

ブログを書き始めると、以前よりずっと”癒し”が遠くなったように感じて…『早く、お客様に会える環境を作りたい』と思って、『ブログを書かなきゃ、書かなきゃ』と、いつも焦っていました。

妹からの否定的な言葉で、セラピストとしての自信を失い、自分の殻に閉じこもるようになった時期もありました。誰にも読まれない場所で、ブログを書いてみたりもしました。

『自分には何もない』と思いながらも、セラピストとしてのプライドが邪魔をして進めない自分が嫌だった。

でも実際には、私にとってブログを書く作業は、自分の過去を振り返り、抑え込んだ自分の気持ちと向き合い…自分自身と向き合う作業でした。

セラピストになってからのこと、子供の頃のこと…たくさんのことに気づいていって、最終的には、歪んだ家族関係にも気づき、家族と離れることにしました。

高校・大学時代、セラピストになってから…私が楽しい時、自分らしさを取り戻そうとしてる時、いつも壁のように立ちはだかるのは、家族の存在でした。

本当の意味で、自由に、自分らしく生きるために必要だったのは、無謀なチャレンジでも、バックパック1つで旅行することでもなく、家族関係に気づき、その見えない呪縛から自分を解放してあげることだったの簡素入れないなと、今は思います。

ブログを書き始めてから見えてきたのは、歪んだ家族関係と、自分だった。

私は、人に会うことも、話すこと(相談に乗ること)も、人の心を感じたり・寄り添うことも大好きなんだと思います。

私の感覚をマイナスなことのように捉える人も、私を心配してやめさせようとする人もいたけど…それ自体は、自分が好きなことだし、幸福感を感じることができるものなので、そのままでいいと思っています。

ただ、人に寄り添い続けていると、人の影響を受けて、自分の軸がぼやけてしまうこともありました。

人の気持ち・求めるものを大切にすれば、偽りの自分を演じることもありました。

人を優先するあまり、自分が傷ついてることや悲しかったことに気づけないこともありました。

嫌なことがあっても、何もなかったかのように笑って。誰かのためを思ってとった行動も、「自分のためだから」「私がやりたいだけだから」と、『それが』自分の心だ』と思い込もうとしてしまう。そんな時もありました。


私は、人と関わることは大好きです。

でも、自分一人になって、自分を取り戻す時間も大切でした。

だから、1人で、誰にも見られない場所でブログを書くことで、自分自身に向き合う時間を作ることが大切だったのかもしれないなと、今は思います。

過去の

ここまで、”癒し”を頭の隅に置きつつ、自分の過去について振り返ってきました。

改めて考えてみても、私の人生のテーマに”癒し”というものがあるんじゃないかなって思います。

そしてなんとなく、私の中で1つの大きな”癒し”の流れに区切りがついて、今度はそれを表現していく時なんじゃないかなとも思います。


今になって思うと、

子供の頃からずっと、人の心に敏感なくせに、そのことに気づかず…自分の心には鈍感で、たくさんのストレスをため込んできたんじゃないかなと思います。

本当は”普通”なんてないのに、みんなと同じ”普通”というものを望んで、自分を抑え込んだり、できない自分を責めたりしていました。

子供の頃からずっとストレスまみれの生活で、小学生の頃にはすでにいくつもの不調が行動や体に表れていたのに、それに誰も気づくことはなかったんだなって。家族も、自分自身も…。


ダメな自分を隠したり、足りない何かを補うために、たくさんのものを身に着けました。

そして、たくさんの装飾をして作り上げた自分を、『これが私なんだ』と思いこんでいました。


でも、セラピストになったことで、気づきました。

自覚がないだけで、たくさんの不安・ストレスを感じていたことに。

”元気で明るい私”は、必死に作り上げたもので…まだまだ本当の自分を隠していることに。

体のことを学びながら整体・ボディワークをしたり”癒し”を追究していくうちに、自分の体や心のことを知り、掘り下げていきました。

自分の中にあったたくさんの思い込みや癖に気づき、それが必要のないものだったことに気づいていきました。

昔よりずっと心が軽くて、自分らしさを外に出せるようになりました。

毎日が楽しくて、幸せで、人間関係も良好で…『自分らしく生きてる』という実感を持った時期もありました。


でもね、どうしてもそれ以上深く緩めることのできない何かが、体の中にありました。

それは感情ではなく…心の奥に隠して封印してしまった何かでした。


ある人とお付き合いした時に、『幸せな家庭で育った』と思い込んでいた”家族”の違和感に気づき始めました。

セラピストを辞めてブログを書くようになって…家族の違和感に1人で向き合っていくことになりました。

そこには、『家族を悪者にしてしまう自分が悪者(嫌な奴)なんじゃ?』とか『自分の問題を人のせいにしてるだけじゃないの?』と自分を悪者にして、家族関係に向き合うことから逃げようととする自分がいました。

傷つけられて、自分を否定されて…自分の気持ちや感覚を外に出すのを抑え込んで、我慢してしまう自分がいました。

いつのまにか、セラピストととして活かしていた感覚を失い、自分の感情もわからなくなって、子供の頃の自分に戻されるような状態でした。


あのころと違ったのは、ふとした瞬間に、違和感に気づき、自分の心を守ったり、家族関係を修正しようと意見を言おうとする自分がいたこと。

でも、守ってくれる人がいるわけでもなく、傷ついても『そういう人だから…』と諦めて我慢し続けるように言われたり…過去の違和感に気づいても「そんなことはなかった」と否定されてしまったり…

結局のところ、家族関係の違和感に気づいて、それを変えようとしたところで、なかなか受け入れてもらえないどころか、自分が傷つくことが増えて、自分の居場所がどんどんなかったものになっていくような感覚がありました。


最終的に、家族にも気づいてもらって、お互いにいい関係を築いていく…ということは難しいことに気づいたんです。

それより、私は自分自身を癒し、子供の頃と同じように制限されなきゃいけない関係性をから離れて、自分らしく生きることを選んだ方がいいなって。

家族と向きあったり、ブログを書いて自分と向き合いながら…セラピストだった頃のことはもちろん、学生時代、子供の頃…過去のたくさんの自分を癒していくことになったんだと思います。


※※※

セラピストとして活動していた時は、家族関係に向き合うことなく、『すべてを自分自身の問題』として癒すことを考えていたのかもしれません。

でも、そのままじゃどうしても超えることのできない壁のようなものがあったんですよね。


ブログを書いたり、家族と向き合っていくうちに、自分自身の問題だけではなく、家族の問題が及ぼしてる影響に関しても感じるようになりました。

そして、今の家族ではなく、”過去の家族”であっても、自分の中にたくさんのものが根深く残ってることに気づきました。

そして、今まで『”自分”だ』と思い込んでいたものの中から、”本来の自分”ではない不純物を取り出していく作業だったのかなとも思います。


いくら自分らしく生きてるつもりになっていても、周囲の人・育った環境…いろんな影響を受けたままの状態じゃ、満たされない何かがあるんですよね。

そんな、今まで感じてたものよりももう少し本質的な部分に気づくことができたのかなとも思いました。


※※※

子供の頃~現在まで。

自分の中にある不純物を取り出して、本来の”自分らしさ”を取り戻していく。

そんな、大きな、1つの”癒し”の流れがあったような気がします。


たぶん、ここからは、自分らしく生きていく…という、新しい流れになっていくんじゃないかなと。

もちろん、今までが自分らしくなかったわけではありません。(他の人とは、ちょっと違う変わった人生かもな~と思う部分もあります)

でも、思い込みや制限をなくして、もっと純度の高い自分で、自分らしさを表現していく流れがやってきそうな気がしています。


”癒し”に関して、大きな1つの流れが終わった今、それを表現していきたいと思っています。

表現することで、それが誰かの気づきや癒しにつながってくれたらいいなと。


そして、私は人の話を聞くのが好きです。

過去の体験も、これからどんな未来を作っていきたいのかも…。

話を聞いてると、その人の体や心の状態、思い込み、今後の流れ…いろんなものを体感したり、見えるような感覚になることがあります。

今までは、相手に気づかれないように、それを日常会話に織り交ぜたり…そういうものを受け入れてくれる人には、伝えたりもしていました。

判断基準は、私が『大丈夫そう』と思うか否がです。

でも、必要としてくれてる人がいるのなら、もっと自由にそれを伝えたいんですよね。

だから、ブログを使って自分の感覚を表現することで、必要としてくれる人が自ら来てくれる環境を作れたらいいなって思います。

だって、『その人に必要か否か』とか『受け入れてくれるか否か』って、私の問題じゃなくて、相手の問題なんですよね。

私自身の問題じゃないのに、私が勝手に判断してるのって、なんか変だなって。

だから、方法を変えていきたいなと思います。


さらに…いつかは、人を迎えることのできる場所を作りたいんですよね。

ゲストハウスや民泊のようなもので、

必要な人にはボディワークもできるようにサロンがあったり…

ブログを書く人がいるのであれば作業スペースを作ったり(自分の作業スペースが欲しいだけかもだけどw)…

作業スペースでもカフェでもいいんだけど、悩みを聞いたり、自分の気持ちを掘り下げることのできるようにカウンセリングスペースを作ったり…

まだ、形がはっきりしていない部分もあるけど…そういうものを実現していけるようになりたいなって。


何より、今は『またセラピストとして活動したい』『ボディワークもしたい』って気持ちが出てきたので…

ここからまた、今までとは少し違った形で”癒し”に関わっていくことになるんだろうなって思います。


やっぱりね、

もしも私の人生に、”人生のテーマ”みたいなものがあるんだとしたら…それは”癒し”なんだと思う。

子供の頃も、成長過程でも、セラピストになってからも、ブログを書いていても、今後も…

きっと、私の人生には、”癒し”というものがあるんじゃないかなって。

そんなふうに思う。

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