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天職は職種じゃなくて道。ぜんぶ大事な道のりだから進めばいい。

こんにちは、愛弓です。

私は、『天職って、職種じゃなくて、自分の歩む道のことなんじゃないかな』と思うことがあります。


自分が歩んできた道も、これから歩んでいく道も…どんな道もぜんぶ、天職なんじゃないかなって。

もしも自分の気持ちがわからなくて迷子になってたとしても、結果的に遠回りすることになったとしても…

その道さえも、天職にたどり着くまでの道のりなんだと思います。

そして、『そこでの経験があってよかったな』『あの経験がなかったら、今の私はなかったな』と、不思議とすべてを受け入れることができてしまう。

そんな道を歩んでいたことに気づいた時、それが天職だったことに気づくのかもしれないなって。


たとえ間違った道を歩んだとしても、葛藤ばかりで無駄な時間を過ごしたような気がしても、同じことを繰り返してループしてるような気がしてしまっても…

それも含めて、全部が大事な道のりなんですよね。


だからもし、『天職に就きたい』とか『自分の天職がわからない』って悩んで、うまく動けなくて悩んでる人がいたとしても、そんなに”天職”というヤツにこだわりすぎなくていいんじゃないかなって。私は思います。

自分が今やってみたいこととか、考えたいこととか…なんでもいいから、進んでみればいいんじゃないかなって思います。


もしも前に進めない時は、引き返してみてもいいし、進むことを諦めて休憩してもいい。

『とにかく眠い』と思って瞼が重くなってしまうなら、『今は休息の時だ』と思って寝てしまえばいい。

いっけん無駄に思えることだったとしても、そこにだって、ちゃんと意味がある。そんな時だってあると思います。


大事なことは、『これが天職か?』と疑うことでも、天職を全うするためだけに生きることでも、ただ天職を求め続けることでもないんだと思う。

『天職に就けるかな?』と将来の心配ばかりして、

ましてや、天職のために、自分の本心を抑え込むことなんかじゃないと思う。


今、自分が感じてること・考えてること・やりたいこと…今の自分の感覚を大事にして、自分の道を歩き続けることなんじゃないかなって。

そして、天職ってものがあるなら…

それは、続けていくうちに、『あぁ、これが天職だったんだな』って気づくものなんじゃないかなとも思います。

私のセラピスト人生のはじまり。

セラピストになった時、今までにないくらい『自分の居場所だ』と思える場所を見つけた。そう感じた。

ここから書いていくのは、ぜんぶ、私がセラピストとして就職して、3か月以内に考えていたこと。


愛 弓
愛 弓

働くって、こんなに楽しいモノなの?


毎日、いろんな人が来て、好きなことを話して、目の前にいる人のために一生懸命になって…

自分が好きなこと・楽しいことしかしてないんだけど、みんな喜んでくれる。必要としてくれる人たちがいる。

これでいいの?

こんなに幸せでいいの??

愛 弓
愛 弓

毎日が学園祭みたいに楽しくて♪

私なんて…自分のことばっか考えて、みんなに幸せを分けてもらってるのに、お給料をもらえちゃってる!

大好きな人たちと遊んで、大事にしてもらって…こんなに幸せなのに、お小遣いまでもらっちゃってるような感じ。


お客さんたちみんな、優しすぎじゃない!? 大丈夫??

愛 弓
愛 弓

私なんてまだまだ未熟で…できないこともいっぱある。

技術面でも、トーク力でも、先輩たちの方がすごい。

私なんて、素人に1本毛が生えただけだと思う。


なのに、お金を払ってまで私のところに来てくれるお客様たちがいる。

『お客様は神様』って…もしかして、そういう意味!?

本当に神様…!?(笑)

愛 弓
愛 弓

新卒ですぐ、こんなに運命的な仕事に出会えた私は、ものすごく幸せ者だな。


きっと、若いうちにこんなに運命的な仕事に出会える人なんてほとんどいない。

一生、巡り合えない人だっているかもしれない。

本当にラッキーだったな♪

ちょっとバカみたいかもしれないけど…本当に、頭の中がお花畑だったんだと思います。

でも、本気でそんなことを考えてしまうほど、本当に幸せだったんだと思う。


それが私の、セラピスト人生の始まりでした。

「天職」という言葉を聞いた瞬間、ずっと探してた言葉を見つけた気がした。

セラピストになって1年がたった頃、先輩たちを指名してたお客様の施術に入ったことがあった。

確かまだ、1~2回目に施術した時で、まだ私を指名するようになる前のことだと思う。


お客さま
お客さま

この仕事は、あなたの天職よ。

絶対に、辞めたらだめよ。

施術中、うつ伏せで黙ってたお客様が、いきなり言った。

愛 弓
愛 弓

そう!

私もも天職だと思います‼


絶対に、辞ませんよ~(笑)


この時の私は、まだ、”天職”なんて言葉を知らなかった。

でも、その言葉を聞いた瞬間、心の底から『そう!』と強く思ったし、ずっと探してた言葉を見つけたような気がした。

パズルの最後のピースを見つけたときのような、そんな感覚。

頭では『テンショク』という得体のしれないものなんだけど、感覚的に『天職』という言葉を受け入れていたんだと思う。


その日から私は、マッサージをすることが天職だと思ってたし、一生続けていくんだと信じて疑わずに過ごしていった。


愛 弓
愛 弓

一生、マッサージを続けていくんだろうな~

死ぬまでずっと、セラピストなんだろうな~


おばあちゃんになっても続けられるのか~

なんか幸せだな~

そう感じてた私は、自分が本当にやりたいことをやるために、独立することを考えるようになった。


誰かの作った会社に属していても、『お客様のためになる』と感じることを制限されてしまうことがある。

たとえ自分が正しいことをしていたとしても、それをすべて叶えられるわけじゃない。

本気でお客様のことを考えたいと思うなら、独立しなきゃいけないんだと思った。


もしも私が、セラピストという仕事を『天職だ。一生続けていくんだ』と思わなければ、私は独立しようと思わなかっただろうし、今もこうやってブログを書いていないかもしれない。

たとえ、そこが誰かに守ってもらえる安全な場所だったとしても…

一生自分を抑え込んで、お客様のためになるのを知りながら何もできないなんて嫌だと思った。

それに、めちゃくちゃ我慢して自分を抑え込んだところで…上司や経営者、私を守ってくれてる人たちが、一生守り続けてくれるとは限らない。

だから、何があっても自分で対処できる力をつけなきゃいけないと思った。

自分が歩んできた道、これから歩む道がぜんぶ天職なんだと思う。天職は、職種ではなく道のこと。

会社を辞め、独立するためにブログを書き始めた頃、お客様が「この仕事は天職よ」と言ってくれたのを思い出して、なんとなくブログに書いた。

気がつけば、私は、思いつくままにブログを書いてた。

愛 弓
愛 弓

私はずっと、マッサージが天職だと思ってたんだ。

だからずっと、この仕事(マッサージ)を続けようと思ってたんだよね。


だけど、もしかしたら…

マッサージという形にこだわり続ける必要はないのかもしれないな~

愛 弓
愛 弓

私が本当にやりたいことは、お客様の体を治すことじゃなくて…


お客様の心の深いところに触れることなんだよね。

そして、お客様が癒される瞬間を、一緒に感じること。

あの瞬間の感動が、忘れられないんだ~。


愛 弓
愛 弓

もしかしたら…

あの時お客様が言った”天職”って、マッサージのことじゃないのかもしれない。


たくさんの人と関わって、いろんなことを感じて、考えて、自分にできることをやって…

そうやって、たくさんの人たちとの関わりの中で、いろんなことを学んで成長していくこと。

目の前にいる人たちにちゃんと向き合っていくこと。

自分自身ともちゃんと向き合っていくことなのかもしれないな~。

愛 弓
愛 弓

きっと、私の歩んでいく道そのものが、天職なんだ!

天職という言葉に縛られるんじゃなくて、自分の道を歩んでいくことが大事なんだな~。

きっと、その歩んできた道、これから歩んでいく道がぜんぶ天職なんだ。

たぶん、あの時のブログを読んだ人は、ほとんどいないと思う。

あの時に書いたブログは、誰のためでもなく、「マッサージ」や「天職」という言葉から、自分を解放するための言葉だったのかもしれない。


当時の私は、なんとなく気づいてた。

”マッサージ”という形に縛られてるだけで、本当は”深く話すこと”がしたかったことに。

マッサージは、本当にやりたいことをややりための、1つの手段に過ぎなかったことにも。

『何が天職か』なんて知らなくてもいい。動く出してからやっと気づくくらいでいい。

この時に感じたことが、本当かどうかなんてわからないし、正しいか否かなんてどうでもいいのかもしれない。

何なら、今読み直してみても…『頭の中、お花畑だな~』と思ってしまう。


ただ、『適職とか天職とか…そういう言葉に縛られてる人って結構いるんだな』って感じる瞬間がある。

『天職に就きたい』とか、『自分の天職がわからない』って悩んで、うまく動けなくなっちゃってる人も結構いるんだなって思うこともある。


何より、実際に「天職を知りたい」と相談された時に、私は、彼女の心が『進みたい』とサインを送ってる方向を伝えることしかできなかった。

動くこともなく、「もっと具体的に天職を知りたい」と言い続ける彼女に、少し違和感を感じてしまった。

誰かが答えを教えてくれて、最初から答えがわかっていて、それをやるだけなら…他の誰かにだってできることでしょう?

進みながら、自分なりに悩んだり考えたりして進んでいくから、オリジナリティーが出て、自分の形になっていくわけで…

天職なんてものがあるんだとしたら、それは、『気づいたら、天職だった』『気づいたら、天職になってた』みたいなもんなんじゃないのかなって。


※※※

わたし自身も、大学時代に就活をしてる時は、適職とか…自分がどんな仕事をすべきかがわからなくて悩んでいました。

『自分に合う仕事に就きたい』とか『私の適職って何だろう?』って仕事を探してて、大事なモノを見失いかけたりもしたと思います。

”天職”という言葉に出会ってからも、”天職”という言葉に縛られて冒険できなくなった時期もあるし。

独立するために、”自分がすべきこと”や”心が求めるもの”をわかりやすい言葉にしなきゃいけないと思うあまり、動けなくなった時期もあります。

でも、いくら探しても、そんなものはありませんでした。…『きっと、ないんだろうな』と感じました。


セラピスト時代、私と全く同じ考え方をしてる人に出会うことはなかったし。

いろんな癒しを求めたけど、自分と同じ癒しを提供してくれる人にも、それ(自分と同じ癒し)を自分以上に追究してる人にも出会うことはありませんでした。

もちろん、セラピストになった頃や、誰かの背中を追いかけていた頃は、自分以上のものを持ってる人もたくさんいたと思います。

でも、自分の形を追究していくにつれて、前を歩いてくれる人がいなくなっていったのかなって。


自分の前を歩いて、お手本を見せてくれる人がいないことに気づいたからこそ、自分の感覚・考えを表現できるようにならなきゃいけないと感じました。

誰かに伝えることの必要性を感じました。


だから今、私はブログを書いています。

自分のやってることを表す言葉もないし、簡単に理解してもらうこともできないなら…

少しづつ、自分の感覚や考えを表現していくしかないなって。

だから私は、”ブログ”という手段を選んだんですよね。

間違った道を歩んだことも、葛藤したことも…ぜんぶ大事な道のり。気にせず、自由に進めばいい。

もしも”天職”というのが道ならば…

きっと、『どうしよう』って悩んだり、『こんなことやってみたらどうかな?』って試したり、失敗して、新しい方法を考えたり…

そんな葛藤した時間さえも、『あの頃があったから、今の私があるな』って思える瞬間が来るんだろうなって思います。


本当に『天職だな』って思えるような道を歩いてる時って、『これが私の天職です!』ってわざわざ主張する必要もないんですよね。

言われてみれば…『まぁ、そうだな』ってくらいに、天職へのこだわりがないんじゃないかなって。


間違った道を歩んだことも、葛藤したことも…『あの時があったから、今があるな』って思える時が来るんだと思うんですよね。

もしも今、自分の天職がわからなかったとしても、ぜんぶ天職にたどり着くまでの大事な道のりだから。

その場で悩んで、天職を求めるんじゃなくて、とにかく動いて、もがいてみればいいんじゃないかなって。


こんな言葉で何が伝えわるかはわからないけど…

『天職に就きたい』とか、『自分の天職がわからない』って悩んで、うまく動けなくて悩んでる人に、何か届けられるものがあったらいいなって思います。

そしてこれは、今の自分への言葉でもあるんだろうなって。

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