大石林山に行った後、流れに逆らって東京に戻ったら、股関節に激痛が…

2019年12月、沖縄北部にある「大石林山」に行きました。

その時に事に関しては、約1年前にブログに書いていたのですが…、実はまだ大石林山に行った後のことを話していなかったんですよね。たぶん…(^^;

なので今回は、大石林山に行った後に起こったことの一部を書いていこうと思います。

『このまま、沖縄に住んでみれば?』という流れ。

2019年12月、『このまま移住できたらいいな~』と思いながら沖縄に行きました。

『このまま住したいな~』という気持ちと、『もうすぐお正月なのに、独りぼっちじゃさみしいかな?
』とか『沖縄移住を家族(特に両親)に伝えにくいな…』という気持ちがあって…、決断できずに悩み続けていました。

例えば、『なにか運命的な出会いがあって、「そのまま沖縄に住もう」という流れになれば、家族と離れて沖縄に移住できるな~』とか。とにかく私は、『家族と離れたい』『沖縄移住したい』と思ってるくせに、自分で決断できないから誰かに決めてほしいと、他力本願になっていたんだと思います。

いや、運命的な出会いとか、”誰か”じゃないんです。

実際に、今まで何度も『このまま沖縄に住めば?』と何人かの人に行ってもらったのに、私は決断できなかったんです。

自分自身が、『このまま沖縄に住もう』『家族とは離れるんだ』と決断できるきっかけを、外側に求めていたんだと思います。


大石林山に行った後、『このまま沖縄に住んじゃえば?』と誰かに言われてるような、そんな気分になりました。


数年前から気に入っていたゲストハウス。

『ここで住み込みで働いたら、そんな感じなんだろう?』と何度も妄想していたけど、そこで求人を問い合わせる勇気も、そのまま移住する決断もできなかった私。

大石林山に行った後、そのゲストハウスに泊まると…「スタッフ募集!(住み込み可)」の文字が。

求人募集のビラが何枚も視界に入ってきたんですよね。


『このまま住み込みで働いたら…』と妄想は膨らみました。

沖縄で暮らすことへの期待感、嬉しさ。

『とりあえず、落ち着いて、冷静に考えよう』と思って、沖縄そばを食べに行きました。


数年前からすごく気に入っていて、毎日のように通っていた沖縄そば屋さん。

沖縄そばを食べて一息ついて、『どうしようかな?』と考えだすと、今度は沖縄そば屋さんの求人募集の広告が視界に入りました。

自然ににやけてしまって、『「このまま、沖縄に住んでみれば?」と誰かに言われてるような気分だな』と思いました。


※※※

ゲストハウスも沖縄そば屋さんも、店内に求人募集のビラが貼られてるのは初めて見たような気がします。

しかも、なぜかビラが視界に入る瞬間、時間の流れが変わったかのような不思議な感覚になったんですよね。

その感覚がいっそう、『このまま、沖縄に住んでみれば?』と誰かに言われてるような、そんな気微分にさせたんじゃないかなとも思います。


※※

期待した流れが来たのに…。

誰かに『このまま、沖縄に住んじゃえば?』と言われたような気がして、そのまま沖縄に滞在することも考えたのに…。

当時の私は、沖縄に移住することを決断できず、東京に帰りました。


  • 年末年始に、沖縄で一人で過ごすことことが寂しいかもしれない…という不安。
  • 『久しぶりに弟が帰省するんだから、家を片づけたり、料理をしたり…弟のためにいろいろしてあげないとかわいそうじゃないかな?』という気持ち。
  • そして何より、両親に「沖縄で暮らす」と伝えることへの恐怖心。

1番強かったのは、両親に「沖縄で暮らす」と伝えることへの恐怖心でした。

連絡をせずにやり過ごしたところで、両親から連絡が来ることも、とにかく恐かった。


その恐怖心が、沖縄で暮らすことへのワクワク感を打ち消し、私は東京に帰ることを決めました。

東京に着いた瞬間、股関節の激痛に襲われ歩けなくなっていった。

東京に着いた瞬間、右股関節に激痛が走りました。今までに感じたことのない激痛。

その痛みを感じた瞬間、東京に戻ってきてしまったことを後悔した。

そのまま沖縄に滞在したかったのに、両親に「沖縄で暮らす」と伝えることへの恐怖心から、いくつもの理由をつけて、自分の気持ちを置き去りにして、東京に変えてきてしまった。

そんなこと、自分でもわかってるつもりだった。

でも、その痛みを感じた瞬間、それをハッキリと自覚したんだ。


だけどさ、『東京に帰ってきたせいで、そのまま沖縄に滞在しなかったせいで、股関節に激痛が走った』なんて、信じられないじゃないですか(-_-;)

『まさかそんなはずはない』と自分の感覚を否定した私は、『年末の東京は寒いからかな?』とか、『移動で座ってる時間が長かったからかな?』とか、過去の体の不調とか…いろんなものを考えて、『痛みの原因は別の何かだ』と思うことにした。

そして、『きっとすぐに良くなるだろう』と、気にしすぎないことにした。


でも、股関節の痛みは腰や脚の痛みにつながり、何日なっても、数カ月たっても、半年たっても、よくなりませんでした。それどころか、痛みはどんどん強くなり、歩くことも、立つことも、寝ることも、座ることも…何もできなくなっていった。

自分で体を緩めても、マッサージに行っても、治療院に行っても、ヒーリングを受けても…、痛みが緩和されるどころか、痛みはより一層強くるばかり。

施術を受けた後は激痛で動けなくなってしまうことも多く、申し訳なさそうな顔をされたり、相手に迷惑をかけてしまうことが嫌で、治療にも通いにくくなりました。


うまく立つことも歩くこともできなくなっても、『家族のために…』と頑張り続けているうちに、『どうして私ばかり…』という気持ちはどんどん強くなり、『家族から離れたい』という思いは日に日に強くなっていった。

行き場のない怒りは、なぜかお皿を洗ってる時にぶわーっと出てくることが多くて。食器を洗いながら、心の中で叫び続けて、心の中で怒鳴り散らかして、気づいたら涙が出てきて。声をあげて泣きたくなった。

ただただ辛くて、苦しくて。『このまま消えてしまえたら楽なのにな…』なんて、何度も何度も思った。


腰や脚の痛みはどんどん強くなって、右足に少しでも体重がかかるたび、『骨折したら嫌だな』と感じるほどの激痛が走った。

どこに治療に行けばいのかもわからない状況。

『このまま歩けなくなるかもしれない』と、恐怖を感じた。

家族にそれを伝えて家事を手伝ってもらったけど、それも数日で終わった。


痛みと恐怖の中、『家族のために…』と必死だった。

理由もわからず、ただ涙が出る時もあった。

毎日のようにどこかの家から聞こえてくる怒鳴り声。それを聞いた瞬間、大声で叫びそうな自分に気づいた時、『さすがにヤバいな…』と思って、その感情を抑え込んだ。


『ブログを書きたい』と思っても、じっとしてることのできない状態ではブログを書くこともできなかった。

激痛で、何を考える余裕もなかった。

『友達に会いたい』『誰かと話したい』と思っても、会いに行けなかったし、会ったところで何を話せばいいのかがわからなくなっってた。


今思い出しても、あの時のことはよく思い出せない。

痛み、苦しさ、悲しさ、怒り…いろんなものでいっぱいで、自分が何を考えてるのか、何を感じてるのかもわからなかった。

ただ、『家族のために頑張らなきゃいけない』という気持ちと、頑張らなきゃいけないのにちゃんとできないダメな自分を責める気持ちと…、

『ブログを書きたい』と思ってるのにブログを書くことでさえできない自分を『何もできてないのに…』と責めて、休んでる間も『何もできないくせに、休んでばかりで』と思ってた。


『沖縄に行きたい』と思ってたその気持ちも忘れて、自分が何のために生きてるかもわからんくなって…。

そんな中でただ、セラピストとして活動していた時の感覚と、『自分にはかなえたい夢があった』『やるべきことがあったはずなんだ』という、過去の自分が思い描いていた夢だけが…形を思い出せなくなったその思いだけが、支えになっていたんだと思う。

大石林山・久高島のブログを書いて、『沖縄に行こう』と決めた時、痛みは消えていた。

『とりあえず、大石林山に行った時のことをブログに書きたい』と思ったある日、何とか歩いてカフェに行き、パソコンを開いた。

大石林山で撮った画像を見た時、体の中心からぐわんぐわんと、ものすごい振動が伝わってくて、そのあと、熱が伝わってくるような感覚になった。

なんだか体がすっきりしてきて、大石林山でのことをブログに書き始めた。

私が大石林山に行った理由は、なんとなく流れで…だった。 沖縄の大石林山に行ったら、特別な不思議体験より自分の感覚の大切さを感じたよ

ブログを書いた帰り道、不思議と、普通に歩けるようになってた。まだ痛みは残っていたけど、”普通に歩ける”ということが、ものすごく嬉しかった。


『あれも書きたい』『これも書きたい』と過去の記憶がよみがえってきて。毎日、少しづつブログを書いた。

『今度沖縄に行ったら、大石林山のスピリチュアルツアーにも参加してみたいな』と、沖縄に行く理由が1つできた。

久高島でのことを思い出しているうちに、なんとなく、『今度に沖縄に行くときは、久高島にはいかなきゃいけない』と思った。

ブログを書いてるうちに『沖縄に行きたい』という思いは強くなり、『やっぱり、家族と離れて、沖縄に行こう。』と思うようになった。

沖縄に行くことを決意した時、脚・腰・股関節の激痛は消えていた。

普通に歩けること、痛みに耐える必要がないこと。そんな普通のことがものすごく嬉しくて、なんだか救われたような気がした。

最後に…

大石林山に行った後、大好きなお店の求人広告を見ることが増え、『このまま沖縄に住んじゃえば?』と言われたような気分になったこと。

『このまま沖縄に滞在したい』という気持ちを抑えて東京に戻ってきた瞬間、股関節に激痛が走ったこと。そして、東京に戻ってきたことをものすごく後悔したこと。

股関節・腰・脚の痛みは悪化していき、そのおかげで、家族関係・自分の居場所について改めて考えることになったこと。

大石林山・久高島のことをブログに書きながら、『沖縄に行こう』と決めたタイミングで、痛みが消えたこと。


もしかするとただの偶然かもしれないけど…、なんとなく意味があるような気がしたんですよね。

ここに書いたように、ただ『沖縄に住んでみれば?』ということかもしれないし、『そんな人間関係やめて、もっと別の環境に行けば?』とか『もっと自分を大事にしようよ。ちゃんと休んだ方がいよ』ということかもしれない。

どんな意味があったのかはわからないけど…。

そもそも本当に、大石林山に行ったことが影響していたのなら、それは『すごいことだな~』と思うのと同時に、『軽い気持ちで、遊び半分で行くところじゃないのかもしれないな』とも思った。

パワースポットと言われる場所の良い側面と、強力すぎてちょっと怖い側面の両方を見せてもらったような気もした。


※※

そしてもう1つ。この体験に「大石林山」という場所が関係ないのだとしたら…、

それは、私の気持ちの問題なんじゃないかなとも思うんですよね。


本当は、そのまま沖縄に滞在したかった。家族と離れて、自分で生きて生きたかった。

もう、家族といるのは嫌だった。苦しかった。

一人で家族のことを抱え込まなきゃいけないことにも、家族のことばかりして、自分のやりたいことをできないことも、家族の前では自分らしさを抑え込まなきゃいけない苦しさ…いろんなことが蓄積されていって、もう限界だった。

『私もう無理だよ』『限界だよ』『ここ、私の居場所じゃないよ?』『もっと別の場所に行こうよ』みたいな、自分自身の心の声が、体の不調として現れたのかもしれないなって。


この体験が大石林山に行った影響だったのか、自分自身の心の問題だったのか、いや、そんなものは何も関係なくて、ただの偶然だったのか…。

そんなことは誰にもわからないし、真実が何であってもいいんだと思う。

私はただ、そこで感じた1つ1つが大切なことだったんだと感じてるし、その結果『これから選択しよう』と思ってることが自分にとって必要なことなんだと思う。

こんな話をブログに書いたことで『だれにどんな影響を与えられるか』とか『どんなメッセージを伝えることができるか』なんてどうでもいい。

伝えたいメッセージがあったとして、それは私が押し付けるものではないんだと思う。

ただ私は、自分が『書きたい』と思った瞬間に、それを書きたいし。

それを『楽しい』と感じてくれた人が1人でもいれば嬉しいし、そこから何かを感じ取ってくれた人がいてくれたら、それってスゴイことだなって。