自分語りして、『私は~だったけど、あなたはどう?』と問いかけるスタンスがいい

ブログを書くときには『誰かの役に立たなきゃいけない』とか『正しい何か(知識・情報など)を教えなきゃいけない』なんて、誰かの言葉を信じて、自分にプレッシャーをかけてた時期もありました。

だけど、そういう考えは、自分を制限することになるというか…、わたしには合わないみたい。

すごく苦しくて、体が重いし、息が詰まるんですよね。

ペダルをこいでもこいでも進まない自転車みたいな感じで、すごくしんどいし…(-_-;)


なので、『誰かのためになるような記事を書かなきゃいけない』とか『正しい何かを伝えなきゃいけない』なんて思わずに、わたしは、わたしらしく自由に書きたいなって。

そんな思いもあって、今まで書いていたブログは削除して、リスタートです(^^)


当たり前のことではあるんだけど…、

ブログって一方的で、相手の状態を1つ1つ確認することはできないんですよね。

やっぱり、直接会って話してる時とは全然違んだなって。

相手の反応を見ることもできないから、何を話していいのかも、どう説明していいのかもわからない(-_-;)


私の場合はきっと、「正しい何かを教える」というスタンスより、自分語りの方がいいんだろうなって思いました。

そして、『わたしはこんな経験をしたけど、わたしはその時~と考えたんだけど…、あなたはどう?』という問いを投げかけるスタンスの方がいいのかなって。

まぁ、今日はただ、そんなブログです。

人それぞれ原因は違うから…。
私にできるのは正しい答えを教えることじゃなくて、自分の体験・考えを語ること。

例えば「肩こり」1つでも、原因は人にそれぞれ違う。

もちろん肩自体に何らかの原因がある人いれば、首や肩甲骨に原因がある人、腰や足からきてる人、内臓の状態が関係してる人、ストレスの影響が出てる人…。

同じ「肩こり」という言葉鵜を使っていても、原因は人それぞれ違ってくる。

さらにその中の「ストレス」1つとったって、職場・家族・子供・恋愛などの人間関係、仕事、生活環境、抱えてるコンプレックスや自分の能力に関するもの、やりたいことができないなど、無数にある。


まるで包み込むかのような、心に寄り添うような文章を書けば、共感してくれる人もいるのかもしれない。

『そうそう、それが言いたかったの!』と、まるで自分の気持ちを代弁してくれたかのように感じる人もいるのかもしれない。

まるで自分のことをわかってもらえたような気がして心が軽くなる人もいるかもしれないし、『ハッ』と何かに気づくようなこともあるかもしれない。


だけど、自分でも気づかないうちに、他者の思考に誘導されてしまうこともあるんじゃないかと思う。

共感すれば共感するほど…、自分に自信がないほど…、『たった1つの可能性』なはずのものが、まるで『絶対的な答え』のように感じてしまうこともある。

…少なくとも私は、そういう経験をしたことがある。だから、そういう文章への苦手意識も少しはあるんだと思う。


だったら私は、誰かに何かを教えたり、自分の中の常識を『正しいもの』として誰かに押し付けるのではなく、自分語りをしたいと思う。

読んでる相手を想定して誘導していくより、ただ自分語りをしたいと思う。

自分語りをして、『わたしはこんな経験をしたけど、わたしはその時~と考えたんだけど…、あなたはどう?』と問いかけたほうがいいかなって。

ブログは一方的で、相手の状態を1つ1つ確認することはできない。だから私は自分語りがいい。

多分ね、似た経験をしたことのある人はたくさんいて、同じ答えにたどり着いたり、同じ言動をとったりする人だってたくさんいると思う。そういうものが参考になったり、助けになってくれることもある。

だけどね、

自分の本当の答えは、会ったこともない誰かが教えてくれるものじゃなくて…、自分自身の中にあって、自分自身の方が知ってるんじゃないかなって。私は思う。

第三者の意見・考えなんて、自分自身の中にある答えに気づくためのきっかけの1つに過ぎないんじゃないかなって。

あとは、直接人と会って話した方が、ちゃんと”自分”にフォーカスした答えを見つけやすいんじゃないかなとも思う。


※※

私は「話すこと」を仕事にしてた時期がある。

お客様の中には、まるで私が自分(お客様)の答えを知ってるかのように思う人もいるけど…。

『それはちょっと違う』と私は思ってる。


相手の本当の答えなんて、他者である私にはわからない。

それは、他者である私が「これが答えだよ」と教えるものじゃなくて、自分で気づくものなんだと思う。


相手の本当の答えなんて、私にはわからない。

だから、私はたくさんの言葉を投げかけて、音を聴く。相手の心に響く音を聴く。

相手が心の底からそう思ってるのか、どこが違うのか。あれとこれなら、どっちが近いのか。本当は『何かが違う』と違和感を感じてるのに、「yes」と言って無理やり受け入れようとしていないか。

頭や言葉では『yes』と言っていたとしても、心はどう感じているのか。逆に、頭や言葉では『no』と言っていても、心はどう感じているのか。

本当の心の音を妨げているものは何か。

たくさんの音を聴く。五感を使って、たくさんの情報を読み解いていく。


時には、本人よりも先に、相手の求めているものに気づくこともある。

だけど、無理やり押し付けるものではないと思ってる。

私が「正しい答え」を教えるのも違うし。そもそも、それが本当に「正しい答え」だなんて証拠はない。


だから、たくさんの言葉を投げかけて、音を聴く。

相手が受け入れやすい形、相手が受け入れやすい状態を探して、音を聴く。

最終的に相手の受け入れる形が「私の思ったもの」と同じとは限らない。それでも、相手が『これだ』と思ったり、受け入れやすい形になったなら、それでいいんだと思う。それがいいんだと思う。


結局のところ、自分の本当の答えなんて、自分自身の中にしかないんだと思う。


直接会って話してる時は、その人が本当に求めてるものなのかどうかを確認することができる。

心が『なんか違うな』とモヤっとしてるのに、頭で『これだ』と思い込んでしまってる時、『本当にそれでいいの?』『違和感はない?』と確認することができる。

(時には、心で『NO』と思っていても、目先の結果や利益、妄信的な何かで「YES」と言ってしまう人もいる。自分が本当に望んでるものとは別のものを受け取ってしまう人もいるけど…、それはそれで自由だと思う)


だけど、ブログは一方的で、相手の状態を1つ1つ確認することはできない。その人の音に合わせて、形を変えることができない。

誰にでも当てはまる絶対的な答えなんてないし、『ほとんどの人に当てはまるはずだから…』とその答えに誘導していくのも違うと思う。

だから、私は自分語りがいい。

そして、『わたしはこんな経験をしたけど、わたしはその時~と考えたんだけど…、あなたはどう?』という問いを投げかけたいと思う。